澤ディのフレンドリーマッチ&暑気払い参戦記

週末のVIVO応援が楽しみなSSTマネです

次戦は、8月17日(土)私学事業団グランド(新小岩)で、
14:40キックオフです!

富士見が丘と対戦します!

VIVOのみなさん、頑張ってくださいね~


さて、澤ディの参戦記が届いたのでお送りします。



【2013年8月10日:フレンドリーマッチ&暑気払い参戦記】

いやいや、今年の暑さは異常ですね。
四万十では4日連続40度越えとか。
おまけに「観測史上初」「今まで経験したことのない」豪雨があちこちで発生するし。

そうそう、10日は回避しましたが、11日、12日ととんでもない雷雨になりました。
特に12日はほとんど間をおかずに「ピカッ」「ガラガラ、ドシャ―ン」と誰かが「サンダガ」の魔法をとなえているのかと思った。
もはや私の思っていた「日本の夏」ではありません。

そんな暑さにもかかわらず、10日には「サッカーやるぜ!」と威勢のいい方々が集合しました。
16時からなので、少しは涼しくなっているかと思いきや、全くそんなことはありません。

もう、すぐに汗ダラダラになって、用意した500mlペットボトル2本の水が即座になくなり、さらに2本追加しました。
「大丈夫かな?誰か倒れるんじゃないかな?」と危惧していたのですが、幸い少し具合の悪くなった方1名のみで、それも間もなく回復し、大事なく終わりました。

プレーの方はさすがに暑さのためか、キレキレとはいかず、皆若干鈍かったのですが、
やはり地力が付いてきたのか、悪条件でも時折良いプレーが見られました。

特に私は、NEKOさんの身体で相手をブロックしながら、ワンタッチで次にどんなプレーもできる場所にボールをコントロールする技術の高さに感心しました。

感心しているだけじゃいけないな。
自分もそういうプレーができるようにならないと、VIVOで出してもらえないな。
いや、監督だから「出る!」って言えば出られるけど、それなりのプレーができないと
監督の面目丸つぶれだもんな。

がんばります!

しかし、こんな暑い中でも気を抜かずにプレーしている姿を見て、後半のSST、及びVIVOの試合が楽しみになりました。(あ、また上から目線だ。すみません。)
これだけサッカーにかける情熱を持っているんだから、結果は必ずついて来ると思います。
皆で楽しみながら上達していきましょう!

さてさて、たっぷり汗をかいた後のビールは「ウォー、キショーメ、さあ殺せ!」というほどうまいのなんの!

アルコール厳禁のイスラム教徒でなくて本当に良かった、と思う今日この頃です。
さらに色んな人と「あ~だ」「こ~だ」とあれこれ話ができてとても楽しかったです。

しかし、ジャスがロックファンとは知らなかったな。
でも、彼は「モトリー・クルー」からファンになったというので、普段聴くバンドの中で最も新しいのが「ヴァン・へイレン」という私とは、世代が全然違います。

今度、個人的に「ハードロックとヘヴィメタルの違い」「ロックの存在意義と限界」「なぜ昔のバンドは凄いのか」などについてよ~く教えてさしあげようと思います。(笑)

いや、この日は本当に心から楽しみました。
皆さん、お疲れ様でした。


【追記】
全く関係ないし、本文の内容とは真逆なのですが、プロ野球ロッテの神戸選手が28年前の日航機墜落事故についてブログを書いています。
長文ですが、ものすごい名文です。
うかつにも会社で読んでしまい、涙が止まらなくて困りました。
是非1人でも多くの人に読んでもらいたいと思います。

http://ameblo.jp/takumi-kobe55/entry-11589584049.html

この記事へのコメント

SSTマネ
2013年08月14日 12:44
澤ディ監督お勧めのブログのテーマ「命」「家族」についてですが、
直木賞作家の重松清氏の「その日のまえに」がお勧めです。
かなり泣けます。

「命」といえば、
私が以前お手伝いしていたチームの選手が急逝しました。そのチームは、未経験者に厳しい指導というよりは愛のない仕打ちのチーム関係者が多かったのですが、
その中で、数少ない(人の)努力を認めてくれる方、公平で気遣いのある方でした。
まだ、50歳でした。
いつも輝いていて、優しく声をかけてくれて、、、
どうして、そういう方がなくなってしまうのでしょう・・・
「命」について考えさせられました。
SAWA Dee
2013年08月14日 22:37
当たり前のようにある「命」と「家族」が実は様々な幸運のもとにあることを今更ながら思い知らされました。
総務部時代、亡くなった社員の葬儀に何度か参列しましたが、同年代の社員の葬儀の時、呆然とする奥さん、男の子だからしっかりしなくてはと必死にこらえるお兄ちゃん、ただただ涙にくれる妹さん、いずれもウチとほぼ同年齢だったので、切なくなったことがあります。
その時、ひとつの命の大切さ、それを失った家族の喪失感を痛いほど感じました。

キザですが、「命」のあること、「家族」のあることの素晴らしいこと、幸運であることをあらためてかみしめました。

我々は「幸運」にも生きてサッカーやってますが、それを「遠慮せずに享受」することも命あるものとして大事なのかな、と思います。

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